筋肉の声を聞け

 現在住まわせてもらっている所は風呂がない。

 銭湯を利用していたが、アレは460円かかる。お客に対してタメ口しか使えないじーさん付きで460円、おっさんの金玉袋を眺めながら入浴を楽しめるオプション付きで460円はどう考えても高すぎるので、ささっとシャワーでも浴びられる場所を探していた。

 近場で検索をかけたら公営ジムが一番安かった。ジムを利用することで、更衣室のシャワーが無料で利用できる。1回250円。

 「どうせだったら筋トレでもするか」そんな軽いノリでジムに通いだした。
 週2回ほど通っている。他の週5は部屋の洗面台が俺の風呂なのだが、それはまた別の話。ジムのマッチョメンについて話したい。

 俺なんかは健康維持ぐらいの負荷でトレーニングしてるんだけど、本気で筋肉を鍛えてに来てる人がたくさんいる。いかにも真面目そうなサラリーマンがバキみたいなエグい背筋をお持ちだったり、白髪も抜けて順調にハゲてきてるじいさんが若者の倍ぐらいのウェイトを平気で持ち上げたり、やけに筋力のあるデブだなと思ったら髷を結った力士だったり、枚挙に暇がない。

 普通に考えると若者のほうが筋力も体力もありそうなんだけど、そんな物理法則はジムでは通用しない。おっさんの方が筋力も体力も上だ。ファッション感覚で通っている若者を尻目に、ガチのおっさんが喘ぎながらバーベルを持ち上げる……。重たいものを持ち上げるときは肺の空気を吐き出しながらの方が力が入るのはわかってるんだが、「ハァッ……!ウゥフンッ……!」と必死にウェイトと格闘しているおっさんの声がどうしても嬌声に聞こえてしまう。まぁ俺もその1人なんだけど。

 基本的に男が大半なんだが、女性も利用している。
 運動しに来てるんだから動きやすい格好するのは当たり前だし、汗をかくから薄着になるのも当たり前なんだけど、息を荒げながら運動する女性は健康的なエロス波を発するので目のやり場に困る。腹筋を頑張って鍛えてらっしゃるのはわかってるんだけど、おっぱいがすごい上下しててすごい。よく見ると汗ばんでるし……。エロすぎるんだよ……。

 睡眠不足は筋トレに結構な影響を及ぼす。3時間睡眠で、まぁいいかとトレーニングを始めると、いつも持ち上がってるものが非常に重たく感じる。一度だけ風邪気味だけど強引にトレーニングを続けていたら、途中で吐き気を催してトイレに駆け込んだ。
 体調には鈍感な方だが、ジム通いだしてから睡眠と食事を気にかけるようになった。筋肥大を狙うなら体重✕2倍グラムのタンパク質を摂取しなければいけない。筋肉を綺麗に見せたいなら、糖質を控えた食事にしなければいけない。

 もっと筋肉の声を聞かなければいけない。もっと真摯に筋肉の声を……。

雑感1

 会社員になって1ヶ月が過ぎた。

 「バイトより楽に稼げる」これぐらいしか理由がない。

 数年後に控える渡航費やらを稼ぐために、お金がどうしても必要だったので仕方なく会社員になった。日雇いに比べたら数段楽に稼げる。話しかけたら答えてくれるし(そもそも話す余裕が勤務時間内にあるし)、ある程度はルーティンワークで仕事に慣れることができる。次の日の仕事内容が予測できないなんてことはない。楽すぎる。

 研修時にそこそこ優秀な成績だったらしく、そこそこ大きなプロジェクトのマネージャー見習いになる。日本を代表する大企業の面々の中に、元ホームレスが紛れ込んでるのはなんだか申し訳ない気持ちになる。

 「すごいじゃん出世コースじゃん」と言ってくれる人がいるが、出世は望んでいない。窮屈だし、俺はいつか辞める人間なので期待をかけられた分だけ迷惑をかけてしまう。外国の永住権を得るために純粋に技術を学びたかったんだが、そう希望が通るわけもなく、うまくいかない。

 「奇人・変人は会社員に向かないよ」先輩が冗談交じりに言った。そうですね、と相槌を打った。その通りだ。俺は会社員を続ける自分をイメージできない。当たり前に会社員を目指し、続けられる人は一体どんな精神構造をしてるんだろう。矛盾や理不尽を飲み込みながら働き続ける人は本当にすごい。

 最近自転車を買った。夜の東京を歩くのも好きだが、自転車を走らせるのも好みだ。
 スポットライトが街中に当たる夜の繁華街を、誰の注目を浴びることもなく走る。静かな住宅街を自分独りペダルを漕ぐ。自由を感じられて気持ちが良い。こういう時間がもっとあったらなと思う。なんで俺は1日の時間の大半を仕事に費やしてるんだ?と、ふと我に返ることがある。

 なかなかうまくいかない。

 うまくいかないが、自分を信じられるようになった。

 抱える悩みやコンプレックスに、いつか打ち克つことができる。無念で死ぬことがあっても、それなりに納得して人生を振り返れるだろう。俺はそういう人間だと、頭の片隅で感じ続けることができるようになった。