皮オナなんて辞めて今すぐ亀頭オナに鞍替えしろ

 皮オナ歴16年。今ではすっかり包茎です。

 セックスより皮オナのほうが気持ちいいと思っている。なぜかってそりゃあ右手が性感帯を熟知していて、おまけに射精に至る速さ(2コキ/秒)も正確にビート刻んでくれるから、射精時間も射精感度も思うがまま。ラブホに入る費用もかからない。明らかにセックスより上。

 そう思っていたんですが、昨今、馬油つけての亀頭オナニーにハマってしまいまして……へへ……亀頭って気持ちいいっすね。亀頭オナって、皮オナより明らかにコキのバリエーションが少ないじゃないですか。亀頭オナは亀頭をひたすらこするだけ、それに対して皮オナは先っちょ攻めても良いし、根本シゴキながら金玉モミモミしてもいいでしょ?コけるストロークも長いしさ。それなのに、それなのに亀頭オナの方が亀頭が切なくなっちゃってちんちんパンパンになっちゃってなんだか気持ちいいの。おかしいよね。こんな話。

 亀頭オナってなかなかイケないのにさ、そのイケないいじらしさが堪らなくなってきちゃって、すり切れんばかりに亀頭コスるんだよね。もう覚えたてのボーイみたいに必死にさ。バカみたいだよね。でもコスれて亀頭パンパンの射精は気持ちいいんだ。皮オナなんてただ射精に至りだけのオナニーだよ。亀頭ショボショボ射精しかできないじゃない。本当の射精を知りたかったら亀頭オナニーをすべきだね。マジで。

俺は人を信じることができるのだろうか

 ある日、ふと長年の違和感の正体に気づくことがある。

 「自分は心から人を信じたことがあるのだろうか」

 はっきり言って……無い、んじゃないか。

 幼少のころから「両親は扶養義務があるから俺を育ててくれているだけで、私的な感情はあまり向けてこない」と認識しているような奴だった。

 それは今も変わらず、初めの他人である両親からそんな冷めた目線で人を認識しているもんだから、友人は「利害か趣向が一致している人であり、本人同士が心を許しているわけではない」だし、恋人は「恋人作りたい発情期に現れる人」みたいな認識で、なんつーか心がこもってない。俺の人間関係には心がこもってない。

 俺が心を許しているように振る舞う場合は、そうした方が場の空気を壊さないからであって、「あー今めっちゃ心許してるわー空気読めてるわーポイント高いわー」と、どこかで冷めた視線を送っている自分が必ずいる。

 本音では喋っているのに、本気では喋っていない。そういう状況がずっと続いている。

 そういう悩みがあるからこそ、人の絆を描いた物語にはすごく惹かれる。ああ、俺もいつかはああやって、全力で人とぶつかっていきてえなとか思っちゃう。人生で一度もできていない。

 信じる心は俺が知っているよりもずっと美しいもののはずなんだ。

 俺はもっと、素直に100%の力で人を信じたいのにそれができない。俺が邪魔してる。

2015年9月「適応障害と診断されました」

 適応障害と診断されました。

 先生が仰るには「運動のし過ぎ」が原因だそうで。学生時代サッカーやバスケなど激しいスポーツをしていた人がいきなりオフィスワークをやると適応障害になる場合があるそうです。

 サッカーやってたし、強烈な肉体労働ばかりしてたので、めちゃくちゃ心当たりありました。俺が症状と原因に当てはまりすぎていたようで、「ンフフッwwwホントに?」と半笑いで先生診断してた。いやフレンドリーで意見をズバズバいってくれる先生だから気を使わないで助かってるんだけどね……。

 適応障害は旧名:自律神経失調症。内臓を制御したり、感情をコントロールしたりする神経が衰弱しちゃって、下痢を頻発したり、「ま、いっか」と物事を流せなくなる病気らしい。ちなみに俺は血便が止まらなくなり、愉快なBGMと不快な言葉がシャウトする幻聴が聞こえだして「さすがにヤバイんちゃう?」と精神科を受信した次第。初診で一発アウトだったね。

俺「仕事あるので薬だけ出して頂けるt」
先生「休みましょう。診断書書くので」

 即休職だったね。しかもこれが会社の規定で欠勤にはできるけど休職にはならねえって事態を引き起こして現在絶賛ボンビー暮らしなのよね。貯金したいんだけど。人生ってうまくいかねーな。

 でもま、一つ言えるのは「目指す目標があってよかった」って事で、アラサーで人生の一つの節目としてオーストラリア移住を狙ってるのね。Twitterではたまに呟いてるんだけど。その移住って目標のおかげで、病気と診断されてもめげないのよ。「このぐらいで挫折すると思うなよ」って反骨精神が湧いてくるのよ。今までこういう良くない出来事あると絶望するしか娯楽のなかった俺ですが、目標があるおかげで、目標にすがって生きていける。来週、来月、来年を楽しみに生きていける。

 これがきっかけで今の会社を退職することになっても、遠回りになっても、諦めることはないな。そう思考できるようになったことが今年イチバンの収穫ですわ。

筋肉の声を聞け

 現在住まわせてもらっている所は風呂がない。

 銭湯を利用していたが、アレは460円かかる。お客に対してタメ口しか使えないじーさん付きで460円、おっさんの金玉袋を眺めながら入浴を楽しめるオプション付きで460円はどう考えても高すぎるので、ささっとシャワーでも浴びられる場所を探していた。

 近場で検索をかけたら公営ジムが一番安かった。ジムを利用することで、更衣室のシャワーが無料で利用できる。1回250円。

 「どうせだったら筋トレでもするか」そんな軽いノリでジムに通いだした。
 週2回ほど通っている。他の週5は部屋の洗面台が俺の風呂なのだが、それはまた別の話。ジムのマッチョメンについて話したい。

 俺なんかは健康維持ぐらいの負荷でトレーニングしてるんだけど、本気で筋肉を鍛えてに来てる人がたくさんいる。いかにも真面目そうなサラリーマンがバキみたいなエグい背筋をお持ちだったり、白髪も抜けて順調にハゲてきてるじいさんが若者の倍ぐらいのウェイトを平気で持ち上げたり、やけに筋力のあるデブだなと思ったら髷を結った力士だったり、枚挙に暇がない。

 普通に考えると若者のほうが筋力も体力もありそうなんだけど、そんな物理法則はジムでは通用しない。おっさんの方が筋力も体力も上だ。ファッション感覚で通っている若者を尻目に、ガチのおっさんが喘ぎながらバーベルを持ち上げる……。重たいものを持ち上げるときは肺の空気を吐き出しながらの方が力が入るのはわかってるんだが、「ハァッ……!ウゥフンッ……!」と必死にウェイトと格闘しているおっさんの声がどうしても嬌声に聞こえてしまう。まぁ俺もその1人なんだけど。

 基本的に男が大半なんだが、女性も利用している。
 運動しに来てるんだから動きやすい格好するのは当たり前だし、汗をかくから薄着になるのも当たり前なんだけど、息を荒げながら運動する女性は健康的なエロス波を発するので目のやり場に困る。腹筋を頑張って鍛えてらっしゃるのはわかってるんだけど、おっぱいがすごい上下しててすごい。よく見ると汗ばんでるし……。エロすぎるんだよ……。

 睡眠不足は筋トレに結構な影響を及ぼす。3時間睡眠で、まぁいいかとトレーニングを始めると、いつも持ち上がってるものが非常に重たく感じる。一度だけ風邪気味だけど強引にトレーニングを続けていたら、途中で吐き気を催してトイレに駆け込んだ。
 体調には鈍感な方だが、ジム通いだしてから睡眠と食事を気にかけるようになった。筋肥大を狙うなら体重✕2倍グラムのタンパク質を摂取しなければいけない。筋肉を綺麗に見せたいなら、糖質を控えた食事にしなければいけない。

 もっと筋肉の声を聞かなければいけない。もっと真摯に筋肉の声を……。

雑感1

 会社員になって1ヶ月が過ぎた。

 「バイトより楽に稼げる」これぐらいしか理由がない。

 数年後に控える渡航費やらを稼ぐために、お金がどうしても必要だったので仕方なく会社員になった。日雇いに比べたら数段楽に稼げる。話しかけたら答えてくれるし(そもそも話す余裕が勤務時間内にあるし)、ある程度はルーティンワークで仕事に慣れることができる。次の日の仕事内容が予測できないなんてことはない。楽すぎる。

 研修時にそこそこ優秀な成績だったらしく、そこそこ大きなプロジェクトのマネージャー見習いになる。日本を代表する大企業の面々の中に、元ホームレスが紛れ込んでるのはなんだか申し訳ない気持ちになる。

 「すごいじゃん出世コースじゃん」と言ってくれる人がいるが、出世は望んでいない。窮屈だし、俺はいつか辞める人間なので期待をかけられた分だけ迷惑をかけてしまう。外国の永住権を得るために純粋に技術を学びたかったんだが、そう希望が通るわけもなく、うまくいかない。

 「奇人・変人は会社員に向かないよ」先輩が冗談交じりに言った。そうですね、と相槌を打った。その通りだ。俺は会社員を続ける自分をイメージできない。当たり前に会社員を目指し、続けられる人は一体どんな精神構造をしてるんだろう。矛盾や理不尽を飲み込みながら働き続ける人は本当にすごい。

 最近自転車を買った。夜の東京を歩くのも好きだが、自転車を走らせるのも好みだ。
 スポットライトが街中に当たる夜の繁華街を、誰の注目を浴びることもなく走る。静かな住宅街を自分独りペダルを漕ぐ。自由を感じられて気持ちが良い。こういう時間がもっとあったらなと思う。なんで俺は1日の時間の大半を仕事に費やしてるんだ?と、ふと我に返ることがある。

 なかなかうまくいかない。

 うまくいかないが、自分を信じられるようになった。

 抱える悩みやコンプレックスに、いつか打ち克つことができる。無念で死ぬことがあっても、それなりに納得して人生を振り返れるだろう。俺はそういう人間だと、頭の片隅で感じ続けることができるようになった。