勃起ふざけんな

 だんだん暑くなってくると、プライベートでは短パンとかジャージとか。よく着るんです。

 男性の股間を凝視してみるとわかるんですが、けっこう”チンコライン”がわかってしまうものです。

 歩いてる股間を見ると「あ、左曲がりなんだ!」とか容易に判断がつきます。

 ここからが本題なんですが、陰茎って自分の意志とは関係なく勃起することがあるんです。

 朝勃ちとか有名ですが、世界平和に想いを馳せているときも容赦なくフル勃起します。全く予測がつかないんです。

 街中でも不意に勃起します。

 冬だったら厚めのジーンズを履いていたり、コートで隠せたりするので誤魔化しがきくんですが……。

 夏はダメなんです。

 陰茎隠蔽不可能。

 エレクトしたら皆さんにありのままの股間をご覧になって頂くしかありません。


 この季節になると、膨張させた股間を隠すこともなくポーカーフェイスで歩いてらっしゃる男性をよく見かけます。

 俺はわりと、いや、けっこうかわいいサイズなのでさほど支障はありませんが、大きいサイズの方は「それは何かしらのセクハラに当たるのでは?」と思ってしまうぐらい、怒張が強調されてます。

 そんなサイズのチンコを見かけても、どうか責めないであげてください。

 それは自然現象なんです。ほっとけば収まります。たぶん。

2013年第25週「海がない」

 日が長くなった。海を見ない日々が続く。 

 俺が生まれた地域は海に面していて、海とともに暮らしていた。

 夜中にふらっと日本海を見に行ってた。特に理由はない。月の光が通らない吸い込まれてしまいそうな黒い海を眺めると、自分の足場が崩れていくような錯覚に襲われた。染みるような恐怖を感じるのだが、なぜだかそれに充足感を感じていた。当時、高校を中退していた俺には現実感が足りなかった。

 昼の海は青々として、見ていて気分が良い。太陽光線を反射してキラキラ光る波には非現実的な魅力がある。眼の前に広がる水平線はいくら焦点を絞ってもぼやけたままだ。そういうところも見ていて飽きない。

 夕日はとにかく美しい。映画のクライマックスのような盛り上がりと、桜が散るときのような儚さがある。毎日起きるただの自然現象で、昼間の太陽より輝きは鈍いはずだ。それなのに水平線に沈んでいく一瞬だけ、花火を見ているような情動に駆られる。

 引っ越してから、あまり海を見ていない。歩いていける距離に海がある生活は、かなり贅沢なことなんだと気づかされる。

夏とエアコンと夢

 寝苦しいと夢を見る。

 今さっき「銃火器なんでもありで街中を逃げまわる夢」を見た。俺は低いビルから高いビルへ移って上へ上へと逃げていく。そこは夢なのでどんどん高いビルが現れる。
 ついに地上が霞んで見えるような、たか~いビルまで逃げた。手榴弾を低いビルへと投げて追手を巻いていたが、ついに”てっぺん”まで来てしまった。逃げるには飛び降りるしかない。勇気を出して身を投げる。

 うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 ってところで目が覚めた。なんだかラノベみたいな煽りになってしまった。
 喉が渇いている。もう夏が近い。エアコンをつけずに寝ていた。気温が上がって体温調節がうまくいかず、身体がダルい。

 寝苦しいときに良い目覚めをしたことがない。
 食べ過ぎたり、暑すぎたりするとよく悪夢を見る。今回は突発的に寝たので、エアコンつけるの忘れていた。

 エアコンはつけて寝た方がいい。節電なんて言わずに起床時間までジャバジャバ湯水のごとく使うのが良い。
 俺は昔、エアコンの駆動時間をできるだけ短くするように汗だくで耐えていた人間だった。だが変わった。自分の体調を崩してまで節約する必要なんて全くないと思うようになったからだ。

 そりゃ運転させないほうがエコだし、扇風機で乗りきれるならそれに越したことはない。ただ、1日をだるく過ごすよりは、電気代2,300円投資して快適に過ごしたほうが健康的だ。

 「身体」と「お金」と「環境」どれがもったいないか天秤にかけたとき、俺は「身体」を選ぶようになった。

人生はゲームみたいに何度でもやり直しが効く

 ブログの自己紹介を書いてたんです。以下抜粋。

【中の人の歴史】
・大学卒業後、体育会系の会社に就職。就職先で親の宗教について色々言われ、ちょうど20時間勤務で血便でてたりして色々参っていたので退職。
・退職後、なんか騙されて無一文になり池袋あたりでホームレスになる。塩を舐めて生きる。
・その後何とか復帰。だが怪我をして仕事ができなくなる→餓死しかける。
・その後ギリギリの所で復帰。底辺っぽいところで自殺する仲間を見送りながら泥のように働く。
・ある時期から「出勤しようとすると倒れる」症状が止まらなくなり「このままでは死んでしまう」と思って死のうとするが止められる。
・よくわからんが治療をすることになる。しかし途中で援助を打ち切られ、生活保護も断られ本当にダメになる。
・twitterで自殺実況してたら色んな人に助けられ、働いて就職活動←いまここ

 ちょっとインパクト重視でバッドイベントを抽出して書いたんですが「よく生きてるなー」と驚きました。2年程度の歴史ですが、どこで死んでてもおかしくないじゃんコイツって思いました。

 運もありましたし、他者からの手助けもありました。
 特に餓死しかけてたときは、夜中にベンチに放って置かれてるコンビニ弁当を発見しなければどうなっていたかわかりません。twitterで食料やら働き先やら工面して頂かなかったら無気力のまま終わっていたかもしれないです。

 強い意思で生きているとは、とても言えませんね。
 ただ、俺は極端に後悔しない性格で、上記のようなイベントの後も「まあ過ぎたことだし」程度の感情しかないです。そりゃNow死にそうな真っ最中のときは激情が蠢いていますが、過ぎてしまえば賢者モードです。

 生きてれば年齢も体力も環境も変わりますが、「どう生きるか」は誰にも邪魔されません。極小ながらも俺たちには選択の自由があり、そこには哲学の入る余地があります。過去は変えられませんが解釈はいくらでも変えられます。自分の解釈次第で何度だってやり直しができるし、何歳からでもやり始めができます。

 なんだか胡散臭い話になってしまいました。
 「子供を事故で失った」「最愛の人が殺された」等、立ち直れないほどのダメージを負いながらも、再び立ち上がろうとする前向きな意思のことを、キリスト教のある一派では「神の意志」と呼ぶらしいです。さらに胡散臭い話になったことをお詫び申し上げます。

 まあとにかく、俺らの身体には自分では信じられない程の精神修復機能があります。「もう終わりだ」と絶望していても、生きてる限り「その先」があります。その先はきっと落ち込んでる時よりマシになっているはずです。落ち込んで立ち直ってを繰り返していると「きっとすべてがうまくいく」とか言いだす人がいます。世の中そんなにうまくいく訳ねーだろと反論したくもなりますが、当たらずとも遠からずだと思います。

アスペルガー診断したった

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」 | 現代ビジネス [講談社]

 読みいってしまった。

 リンク先のコラムは、予定が1分ずれると癇癪を起こしたようにパニックになってしまう息子と、息子と同じくASD(アスペルガー症候群)と診断された父親のお話です。

 彼ら親子の行動には特徴があって

・言外の意味が読み取れない(空気が読めない、本当のことを言ってしまう)
・特定のことに対して異常な記憶力がある
・予定外のことがあるとパニックになる

 ただ、IQが140以上あったり暗記系の科目は声に出して3,4回読めば完璧だったり、ちょっとうらやましいです。

 なぜこのお話を食い入るように一気読みしてしまったかというと、俺と、俺の父にちょっと似てるなーと感じたからです。
 彼らのような異常な能力はないにせよ、上記の症状はあります。俺は予定外のことが大好きだったり、父も空気が読めないなんてことはないんですが、読んでて「うわーまるで自分のことを読んでるみたいだ」って箇所がいくつかありました。

 特に理屈っぽくて変に融通が効かないところが。「相手の理屈ルールで喋ってるだけなのに、どうしてこの人は不快な顔をするんだろう?」と不思議に思ったことが昔も今もあります。「俺バカだからww」に対して「そうですねあなたはバカですね」と返して不愉快にさせる感じですたぶん。さすがにもう大人なのでそこまでバカな真似はしませんが。

 後は「読めば覚える」能力ですね。小学校のころ「書いて覚える人」「読んで覚える人」を挙手させる先生がいたんですが、35:1で少数派でした。ペラペラ何回か読んでれば頭に入るのにわざわざ書く必要なくね?と不思議に思ってました。ちなみに読んでばかりだったので文字がとても汚いです。

 ちょっと怖くなったので自己診断してみることに。

 12点。平均点は18点らしいです。

 むしろ低い方でした。

 うーん、違うのか。症状はけっこう当てはまっててドキドキしてたんだけど。

 こういう”頭の障害”って嫌がる人いると思うんですが、俺は自分の問題が明確になってどうやって対処すればいいかわかりやすくなるので大歓迎なのです。が。違うのかー困るわー。